イーロン・マスクのすすめ

スペースXの有人宇宙飛行へ向けた大きな一歩 〜パッドアボートテスト〜

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昨日、スペースXにとって初めてとなるパッドアボートテストが実施されました。テストは無事に(おおよそ)成功。ということで、今回はスペースXのパッドアボートテストについてやっていきたいと思います。テスト動画が上がっていたので貼っておきますね。発射は16分あたりからです。




アボートシステムとは

まずアボートテストとは何かという話ですよね。アボートシステムのテストで、アボートシステムとは緊急避難システムもしくは打ち上げ脱出システムのことです。説明が多くなりますが、アボートとは不具合などが生じた際にシステムを強制終了させることを言います。

ロケットがアボートしたときに何がおこなわれるのか。宇宙飛行士が乗っている宇宙船をロケットから脱出させます。つまり、ロケットに何らかのトラブルが発生した場合に、宇宙船をロケットから切り離して宇宙船内の人命を守るというシステム、それがアボートシステムです。

人間を宇宙に打ち上げるときに厄介なのは、何か問題が発生した場合にどうするのかということだ。どのようなロケットであれ、地上から軌道まで到達するには、制御された爆発の上に約9分間は乗っておく必要がある。制御されているはずの爆発が突然制御不能になった場合や停止した場合に、バックアッププランを用意しておくことは理にかなっているだろう。

http://www.planetary.org/blogs/jason-davis/2014/20141020-orions-launch-abort-system.html

アボートシステムの重要性は、スペースシャトルチャレンジャー号の事故で再認識されました(事故自体はアボートシステムどうこうの話ではありませんでしたが)。1986年の事故で、スペースシャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解。7名の宇宙飛行士が犠牲になりました。チャレンジャー号にはアボートシステムが存在してなかったのです。にわかには信じられませんよね。そういう痛ましい事故があって、アボートシステムの必要性がもう一度検討し直されたわけです。もちろん今ではアボートシステムは有人でロケットを打ち上げる際に非常に大事なシステムと考えられています。

今回のアボートテストの目的

有人宇宙飛行のために重要なアボートシステム。つまり、アボートテストは有人宇宙飛行へ向けた重要なステップということです。スペースXは2017年に有人宇宙飛行を予定していますので、そのためにも必要なテスト。今回のテストの目的はデータ収集です。スペースXのサイトから引用します。

これはスペースXの革新的な新しいアボートシステムの最初の飛行テストで、遅延や問題が起きる可能性は高い。幸いにも、このテストは完璧である必要がなく、私たちの最も重要な目的は、可能な限り大量のデータを入手すること。これらは2017年のクルー・ドラゴンによる最初の有人飛行の鍵となる情報だ。

http://www.spacex.com/news/2015/05/04/5-things-know-about-spacexs-pad-abort-test

スペースXは2014年9月にNASAとCCtCap(Commercial Crew Transportation Capability、商業有人輸送能力)と呼ばれる契約を結びました。NASAが有人宇宙飛行を民間へ委託する契約です。現在、有人宇宙飛行はロシアが独占している状態。NASAソユーズに乗るために宇宙飛行士1人あたり約75億円もロシアに支払っているそうです。なので、NASAとしては何とかアメリカのロケットを使いたい。ところが、現在のNASAに以前のような膨大な予算はない。CCtCapの背景にはこんな事情がありました。




スペースXのアボートシステム

さて、次はスペースXのアボートシステムのどこが革新的なのかについてご説明しましょう。スペースXのアボートシステムにおける革新性は、スーパードラコと呼ばれるスラスターに見ることができます。宇宙船の側面に計8つ装備される液体燃料スラスターです。これはプッシャー型と呼ばれるシステムなのですが、他のロケットのアボートシステムとは違います。

たとえばソユーズ宇宙船では先端に固定燃料ロケットモーターを搭載したタワーを装着しています。宇宙船を上から持ち上げる仕組みですね。タワーはアボート以外では使えないので、アボートが発生しなかったら用済みとなり破棄されます。

NASAのオリオンもこのタイプのアボートシステムです。ちょうど参考になる動画がありましたので貼っておきます。

ソユーズやオリオンとは異なり、スペースXのドラゴンはプッシャー型のアボートシステムを採用しています。冒頭に貼った動画を見ていたければお分かりになるかと思いますが、ドラゴンにはタワーがついていません。側面についたスラスターで推力を得るシステムつまりプッシャー型です。プッシャー型は宇宙船を下から持ち上げますので、アボートが発生しなくてもスラスターは無駄にならず、軌道上でも使用可能です。

スペースXのドラゴンはタワーを持っていない。代わりに、強力な液体燃料スラスターを側面に搭載している。スーパードラコは上昇中いつでも着火可能だ。軌道に到達すれば今度はドラゴンを操作するために用いられる。将来的には、ドラゴンをパラシュートなしで着陸させることが可能になるだろう。

結果として、タワーは不要になる。タワーは重量を増加させ、さらに通常のフライトでは破棄されるものだ。しかも、このイベントはある程度クルーにリスクを負わせるのである。

http://www.floridatoday.com/story/tech/science/space/spacex/2015/05/04/spacex-pad-abort-test-key-dragon-safety-system/26884987/

それぞれのアボートシステムには長所と短所があります。タワーで上から引っ張るタイプのアボートシステムは、アボートが発生しなかった場合に無駄になるという短所がありますが、推力を得やすいという長所があります。プッシャー型の長所は上記の通りですが、短所は高度なコンピュータ制御が必要になる点と、推力の確保です。

プッシャー型のシステムは、宇宙船の重量が下にあるのではなく上にかかっているため、宇宙船をロケットから切り離すときに、決定的な数秒間ほどのアボートを制御するコンピュータに負荷をかける。

手のひらで野球のバットのバランスを取ることを考えてみてほしい。バランスを取るためにどれほどの微調整が必要になるだろう。

これまでは、液体燃料のプッシャー型エンジンはアボートシステムにおいて実用的ではなかった。なぜなら、推力を即座に得ることができなかったからだ。

http://www.nasa.gov/exploration/commercial/crew/LASdevelopment_prt.htm

スペースXはこれらのデメリットをクリアしつつあります。今回のテストでアボートシステム自体はしっかり機能したので、コンピュータ制御もうまくいったと考えて良さそうです。それに、スーパードラコは2秒で100メートル、5秒で500メートルも宇宙船を移動させる推力を持ちます(今回のテストでは思ったほどスピードがでなかったようですが)。ということで、推力についても期待できますね。プッシャー型のアボートシステムは無駄のない洗練されたシステム。実用化が困難でしたが、チャレンジ精神旺盛なスペースXにふさわしいシステムと言えるでしょう。




パッドアボートについて

重要な点なので触れておきますが、今回はパッドアボートテストです。ロケットのアボートは大きく分けると2つ。パッド(ロケット発射台)でのアボートと、飛行中のアボートです。名前の通り、パッドアボートテストとは、発射台でアボートが発生した場合の宇宙船脱出システムのテストです。飛行中ではありません。

じつは、有人でのパッドアボートシステムが働いた実例は過去に1つしかありません。これもまた引用します。

1983年、避難ロケットが3人の宇宙飛行士をソユーズT-10-1から安全に脱出させた。ローンチパッドでブースターが爆発したのだ。2015年までの間で、これがローンチパッドでの事故からクルーを救出した唯一の例である。

http://www.space.com/29260-how-spacecraft-launch-aborts-work-infographic.html

※無人の場合では、発射直前のロケットを停止させ、その後の大事故を未然に防いだケースはけっこうあるようです。

飛行中のアボートテストは今後おこなわれるようです。次回のテストは数カ月後とのこと。楽しみですね。

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