イーロン・マスクがアップル・カーを歓迎するただ1つの理由
- 2015年05月15日
- イーロン・マスクについて, ギガファクトリー, テスラモーターズ
テスラの今年最初の四半期決算カンファレンス・コールで、アップル・カーについての質問がでました。簡単に言うと、Appleが電気自動車の分野に進出してきたらどうするのかという質問で、イーロン・マスクの答えはこちら。
Tesla’s Elon Musk ‘Hopes’ Apple Gets Into Car Business – Forbes
イーロン・マスクが経営しているテスラモーターズは電気自動車のメーカーです。シリコンバレー気質の企業らしく強みはソフトウェアやデザインなど。Appleからテスラに移った社員は、自動車を作っているというよりiPhoneを作っているようだと言います。そこへ本当にiPhoneを作っている企業、しかも世界一の企業がやってくるかもしれないのです。普通は危機感を抱きますよね。しかし、イーロン・マスクは大歓迎です。そこで、今回はイーロン・マスクがアップル・カーを歓迎する理由について書いていきたいと思います。
イーロン・マスクがアップル・カーを歓迎するただ1つの理由
結論から先に言ってしまいますが、イーロン・マスクがアップル・カーを歓迎する理由はただ1つ、電気自動車の市場を拡大するためです。
2014年、テスラはすべての特許を解放した。電気自動車産業を拡大させるための動きだ。競争という形であれ、電気自動車産業が活性化すれば、テスラにとってプラスになるという趣旨である。
Why Elon Musk Wants Apple to Start Making Cars | Inc.com
つまり、イーロン・マスクの相手はAppleではなく、内燃機関を使うガソリン車ということです。テスラは電気自動車をリードする革命的な存在ですが、そもそも現時点では電気自動車産業自体の規模が小さ過ぎます。
去年、世界中で8500万台の新しい自動車が販売されたが、電気自動車はわずか0.5%以下のシェアしかなかった。
電気自動車はガソリン車に比べて非常に優れた点がいくつもあります。たとえば、ガソリン車で使用されるエンジンは燃料エネルギーを効率良く運動エネルギーへ転換できているとは言えません。燃料エネルギーの約7割は熱や騒音へと消えてしまっているのです。エンジンから排出されるガスの温度は900度に達することもあり、ラジエーターで冷却しなければエンジンが溶けてしまいます。熱エネルギーは無駄なだけではなく、部品点数を増やす要因にもなっているのです。対して、電気自動車ではエンジンの代わりにモーターが使用されます。この電気モーターの温度は最高でも100度までしか上がりません。運動エネルギーへの転換効率が優れているわけです。テスラの電気自動車においてはなんと88%のエネルギーをドライブ能力へ転換させています。ガソリン車の約3倍効率的なシステムというわけです。
なぜこれほど優れた電気自動車なのに市場規模が小さいのでしょうか。それは、価格と便利さの2点においてガソリン車に劣っているからです。電気自動車の価格設定はガソリン車の約3~4割ほど高い。それに、給油スタンドの数に比べると、充電スタンドの数も圧倒的に少ないですね。充電にも時間がかかります。高くて不便、これが電気自動車のデメリットです。
電気自動車のデメリットを克服するにはどうしたらいいのか。鶏が先か卵が先か鶏が先かみたいな話になりますが、イーロン・マスクは電気自動車産業の拡大が有効だと考えています。産業規模の拡大は大量生産と競争原理の導入を意味します。大量生産はコストダウンを、競争原理は技術革新を促します。つまり、電気自動車の価格が下がって、便利になるということです。
人類の化石燃料からの脱却というイーロン・マスク個人の想いはさておき、テスラは株式会社なので株主のために利益を出さないといけません。その視点から見ても、現在の0.5%という小さなパイの中で優位性を保つことより、電気自動車産業への新規参入を歓迎して残り99.5%の自動車市場を狙っていく戦略の方が合理的ですね。Appleのような大企業が参入してくれば、充電スタンドの増加など電気自動車のインフラ整備も進むでしょう。そうなればテスラの電気自動車だって恩恵を受けるのは目に見えています。それに、電気自動車の価格の約3分の1を占めるのがバッテリーですが、テスラのバッテリー事業ではバッテリーのコストダウンが目玉の1つです。電気自動車産業が拡大すれば、安価なバッテリーの需要は高まります。つまり、Appleの電気自動車産業への進出は様々な面でテスラの利益につながるというわけです。
アップル・カー実現の可能性
イーロン・マスクの思惑を知ってか知らずか、最近フィアット・クライスラーのCEOセルジオ・マルキオンネが興味深い動きを見せました。イーロン・マスクおよびAppleのCEOティム・クック両者と会談したそうなのです。しかも、Googleが開発する自動運転カーにも試乗したとのこと。ここにきて、彼は電気自動車や自動車のコンピューター化へ急速に興味を見せはじめました。以前は電気自動車へ参入する気はないと言っていたそうなのです。
フィアットのクライスラー買収から分かるように、セルジオ・マルキオンネは自動車産業の統合を提唱している人物です。その理由はコストダウン。規制が多い自動車業界では、デザインの際にたくさんの規制担当者や議員と会う必要があるそうです。そのコストは馬鹿になりません。それだったら、各自動車メーカーが別々にやるよりも、統合して1つのデザインチームで自動車の設計をした方が良いじゃないかというのがセルジオ・マルキオンネの理屈。しかし、GM、フォードなどの他のメーカーは統合を望んでいないそうです。そこで、セルジオ・マルキオンネはGoogleやAppleとパートナーシップを結ぶことを厭わないと発言しました。さらに、ティム・クックとの会談について彼の口からこういう言葉が飛び出したのです。
Appleの自動車への投資について、彼(ティム・クック)は興味を持っているよ。それが彼の役割だね。
アップル・カーが話題になったのは今年の2月中旬頃。Bloomberg BusinessにAppleが2020年を目標に内密に自動車製造に取り掛かっているという記事が掲載されて世間を賑わせました。それからAppleが自動車に手を出すはずがないなどの反論記事もいくつか出て落ち着いてきましたが、セルジオ・マルキオンネの一連の行動や発言でこの話題が再燃したというわけです。詳細は省きますが、Appleの極秘プロジェクト「タイタン」や自動車用システム「Apple CarPlay」、それに電気自動車搭載用電池を扱うA123・システムズから大量の人材の引き抜きと、Appleの自動車絡みのニュースは後を絶ちません。Appleが自動車へ並々ならぬ関心を抱いているのは間違いなさそうです。アップル・カー実現の可能性はあるということですね。
最後になりますが、Global Equities ResearchのアナリストであるTrip Chowdhryによると、ある産業が著しい成長や発展を遂げるのは、異分野からの参入があったときだそうです。携帯電話を例に取ってみましょう。携帯電話の技術革新は携帯電話メーカーではなくAppleの参入によって起こりました。それと同じことが自動車産業にも起こり得る。彼に言わせれば、産業内の既存の企業に産業自体の変革を求めるのは間違っているそうです。自動車産業は約100年間、性能の向上こそあれ、産業全体を揺るがす規模の変化は経験していません。おそらく、そのような規模の変化は電気自動車と完全な全自動運転によって引き起こされるでしょう。そして、そのどちらもがテスラやApple、Googleなどの企業に有利な分野なのです。バッテリーはPCやスマートフォンで使われているリチウムイオン電池ですし、自動運転を達成するには当然高度なコンピューター制御が必要になります。自動車産業の大きな変化を前に、既存の自動車メーカーはどのような選択をするのか。ここらへんを考えると、今回のセルジオ・マルキオンネの言動の背景が見えてくるような気がしますね。
参考
Apple Wants to Start Producing Cars as Soon as 2020 – Bloomberg Business